傘の自由化は可能か

2011.06.01
人気作家、大崎善生の代表作に『パイロットフィッシュ』(角川書店)がある。
始まりは、「人間は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない。なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである。」という心を突くような一文。この「記憶」をテーマに、過去と
現在を行き来しながら、主人公を取り巻く人間模様を、透明感のある文体で書き綴る 物語には、学生時代の主人公がバイトをする喫茶店のマスターが登場する。そのマスターの家で、主人公は突拍子もない話を始める。「傘の自由化について」だ。条例で傘の私有化を禁止し、皆の共通の財産とする。駅やデパート、飲み屋などには傘が置かれ、雨の日は誰でも自由に使えるようにする。
「家にため込むヤツが出てくる」とマスターが言うと、主人公は「傘がどこにでもあって、自由に手に入るなら、ため込もうなんて思わなくなる」と反論する。「傘屋が困るのでは」と指摘すると、「日本人に必要な傘の絶対数は私有化でも自由化でも変わらないはず」と主人公は応じる。「それって原始共産社会の考え方?」と、話は取り留めもなく広がっていく。

ところで、傘の自由化は、続編がある。同じ著者のエッセイ集『傘の自由化は可能か』(角川書店)で、小説の中の話が現実化し、埼玉県戸田市のある駅が1000本の自由に使える傘を置いたと綴っているのだ。しかし、1本も戻ってこなかったそうだ。「マスターの言う通りになった」と、著者は小説の世界と現実をオーバーラップさせて、語っているのである。

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