掌の小説

2009.01.01
「掌の小説」川端康成
(新潮文庫・1971年3月刊)

 「掌の小説」は、「伊豆の踊り子」、「雪国」を残し、ノーベル文学賞も受賞した川端康成の短編集だ。文字通り、掌に収まってしまうくらいの短い小説を111篇も集めたもの。しかし、いずれも内容は貧弱ではない。心理や人間の本質に迫るものばかりだ。

 その至極の短編の1つに「雨傘」がある。父の仕事の関係で街を離れる少年と、その少年を想う少女の淡い恋物語である。春雨の中、雨傘を差した少年を見た少女が家を飛び出してくる。少年は傘を少女に差しかけるが、恥ずかしく、お互い身を寄せられない。

 別れの写真を撮るために写真屋に入る。最初は互いの距離が縮まらない。しかし、あるきっかけで自然と長椅子に身を寄せ合い、無事に撮影が済む。

 写真屋を後にするとき、少女はこれも自然に雨傘を手に取り外に出た。その行動はまさしく自分が既に彼のものであると感じていることを現すものだった。少年と少女は来る道とは違い、まるで夫婦のように帰り道を歩いていく。

 「きっかけ」が気になるところだが、ぜひ小説を手に取り確かめてほしい。その淡い描写はきっと心の淵に響くことだろう。

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