いつかパラソルの下で

2005.08.05
いつかパラソルの下で森絵都
(角川書店・2005年4月刊)

 数々の児童文学賞の受賞歴を持つ森絵都が『永遠の出口』に続き、大人向け小説の第二弾として執筆した心温まる物語。主人公の柏原野々は25歳独身女性。不感症の悩みを抱える彼女は、それを何かにつけ自分を束縛してきた厳格な父のせいにして生きてきた。その父が突然、交通事故で亡くなった。その後、父が生前、関係を持っていた女性の存在を知り、さらに絶倫だったと聞いて、ますます父への嫌悪感を募らせる。折りしも、恋人との関係も怪しくなり、心の暗部は日増しに深みを増していった。

 そんな鬱屈とした気持ちで過ごす野々が思い描く、“理想の世界”に「パラソル」は登場する。砂浜で開いたビーチパラソルの下でのんびり過ごすことは、安らぎや幸せの象徴であり、今抱えている問題を全てクリアにしてくれる魔法のようなもの。彼女は強くそれを求めるが、かなうはずもなく時は過ぎていく。

 しかし、あるとき、野々は理想を追い求めるのではなく、現実と向き合う決断をする。そして全てを受け入れたあとのクライマックスにもう一度「パラソル」は出てくる。しかも、今度はビーチパラソルではなく、彼女の右手にしっかりと持たれた「日傘」として登場するのである。パラソルの種類を主人公の心情に合わせて使い分けている点は巧みであり実に興味深い。

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