2004.10.01
「雁」森鴎外
(新潮社・1948年2月刊)

 森鴎外が書いた「雁」は、生活苦のため父親に説得され高利貸しの妾となったお玉の、自我の目覚めとその挫折を描いた作品。時代は明治。妾となり、苦労もないが愛もない生活に慣れたお玉が、初めてある大学生に淡い思いを抱く。が、その気持ちを伝えることも出来ず、ある日、大学生は留学してしまう・・・という内容。

 この物語の中では、当時日本に輸入され始めた日傘が重要な小道具として登場する。それは高利貸しの妻が、お玉の存在に気付くまさにその場面でのこと。高利貸しの妻は、ある日偶然お玉と遭遇する。女中と買い物に行った先で目にしたのは、夫が横浜土産に自分に買ってきてくれた舶来の日傘と、全く同じものを持つ美しい女性。面識はなかったが、妻は日傘を見てその女が夫の妾、お玉だと直感した。

 この場面の妻の目を通した日傘の描写が実に細かい。「柄がひどく長くて張ってある切れが割合に小さい」、「白地に細かい弁慶縞のような形が、藍で染め出してあった」。その記憶の確かさは、自分にはケチな夫が珍しく買ってきてくれた日傘への愛着の強さを感じさせるものだが、同時に、当時、日傘がかなり希少な品であったことも示している。まるで宝 石や指輪のように貴重だった日傘。この日以降より激しくなる妻の嫉妬が、そのことを裏付けている。

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