僕の恋、僕の傘

2003.07.15
「僕の恋、僕の傘」編訳:柴田元幸
(角川書店・1999年3月刊)

 翻訳家として数々の英米文学を日本に紹介してきた柴田元幸の編訳による、海外文学の短編集。若い世代向けの月刊誌「月刊カドカワ」に連載された翻訳小説を単行本化したもので、どれもひとクセもふたクセもある個性豊かな作家たちの物語が連なる。

 編訳者はあとがきに、「どの話にも何の教訓も含まれていません」と書いているが、作品からは、恋愛のほろ苦さがじわりと伝わってくる。

 表題にもなっている「僕の恋、僕の傘」はこの本の最初に納められている。若い男女の短く淡い恋を描いた、アイルランドの作家ジョン・マッギャハンの作品。

 「雨が、この街の不変の天候が、僕の恋と傘とを不可分にした」という冒頭の文章が示すように、この物語は雨の日に始まる。主人公の男性は、日曜の午後、ある若い女性と出会う。そして出会ったその日のうちに彼女の家の近く、傘の下で結ばれる。やや唐突に始まった恋は、その後も傘や樹の下で時を重ねていくが、いつしかふたりの会話はかみあわなくなり、あっけく破局してしまう。

 雨の多い地方だからこそ、傘と恋が密接な関係にあるように感じられる展開。実際、雨のシーズンに始まった恋は、雨が降らなくなった夏の初めに終わる。

 しかし、この主人公にとって、傘の存在は単なる恋愛の小道具以上の意味を持つものとして捉えられているようだ。雨の中、傘の下に切り取られた2人だけの空間が「幸福であることもわからないほど幸福」な場所だった彼にとって、傘は形のない恋を目に見えるものにする特別な存在であったはずだ。それに対して彼女は、彼の気持ちを受け止められず、傘=恋の束縛からのがれるように彼のもとを去って行った。

 彼女との別れにいたく打ちひしがれた彼。しかし、傘を捨てることはしなかった。そこから立ち直ろうと意を新たにして、再び傘を握りしめるところでこの短編は終わる。生活に浸透している物は、持つ人の人生に深く関わりを持つ運命にある。傘もその例外ではない。静淡に語られる一編の詩のような物語が、傘で紡ぎあげられている。

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